うそみたいだ。夢みたいだ。


きみが妹だったらよかったのにって言ってくれた。
お母さんに養子縁組とか頼んでみようかってふたりで言って笑った。
机に伏せてらくがきしていたら、頭を撫ぜられた。
それからずっと、髪の毛をいじってくれていた。
久石譲の音楽をイヤフォンを半分こして聴いていたら、ぎゅっと抱きしめてくれた。
壮大な音楽を聴きながら泣いていたら、目の前に顔があった。
いちばん好きな顔。前髪からのぞく目。通った鼻筋。完璧な形の唇。少し伸びた髭。
最後のキスを何度もした。
もうきっとできないと、これが最後なんだと思ったら、涙がとまらなかった。
キスしながら泣いてたら、「会えなくなるわけじゃないんだから」って、微笑んでくれた。
40歳になってお互い独身だったら、今度こそちゃんと結婚しようって約束した。
帰る途中の道で、そこの角まで手つないでって駄々をこねて、昔みたいにあの人のポケットの中で手をつないだ。


「好きなだけで全部うまくいったらいいのにね」
「もう会えなくなるのは、一番いやでしょ?」
あの人の口から漏れる言葉は、全部わたしの考えてることと一緒で、どうしようもなく安心した。
もう絶対に触れられないと思ってたから、久しぶりのその温度に、匂いに、指の形に、気が狂いそうになった。


角を曲がって、つないだ手を離してから、お互いの次の恋について話した。
付き合ってみたら?ってあの人が言う。
いつ付き合うの?ってわたしが聞く。
「でも、恋人ができたら、会いにくくなるね」て、どんな顔だか見れなかったけどあの人が言うので、彼女ができても内緒で会えばいいじゃんっていじわるく言った。
悪いことなんか、何もしないんだから。
男とか女とかそんな下らない感情じゃなくて、もっと深いふかいところでわたしたちはつながってるし、家族みたいにお互いを愛しく思ってる。
そうでしょ?


あの女の子よりきみのことの方がぜんぜん好きだよって言ってくれて、それだけでわたしはもう、生きていこうって思える。
絶望を感じて何かしでかしたり、そんな馬鹿みたいなことするのはもったいないって思える。
ふたりの前に未来なんてないのに、悲しい気持ちにならないのはどうしてなんだろう。
わたしはただただ切なくて、嬉しくて、愛しい気持ちしかなくて、あんなに望んでいたものをこんなに滑らかに手に入れていいんだろうかと拍子抜けしてしまうほどで、だけど、嗚呼、神様に飛びついてキスしたいくらい、幸せ。


誰かに言ったらすべてが台無しになるね。
全部、内緒だよ。


見上げた空に、満月は見えなかった。