何の日だったかは忘れたけれど、ギャルソンの香水をプレゼントとしてあげた。
わたしはそれが大好きで、よく彼の手首をつかんでは自分の鼻先に持ってきて嗅いでいた。
いつしかそれは彼の持ついろんな生活のにおいと混ざって彼自身のにおいになって、だから「香り」なんていい響きのものじゃない、純粋な非物質的「におい」となった。
今でもそばを通ったときにするあのにおいや、彼がいた部屋に残るあのにおいを嗅ぐ度に眩暈がするほどの愛しさと狂気と懐かしさと切なさと、それからひとさじの嫉妬を覚える。
彼のそのにおいのもとは、今でもわたしがあげたものなのか、そのにおいを今は誰に嗅がせているのか、誰に彼を思い出させるのか、誰に安らぎを与えているのか。


オークションで安く購入したその香水は、今朝届いた。
香りは思っていたのとは少し違って、嗚呼あれはあの人自身のにおいも混ざっていたからかと少し落胆した。
彼のにおいはもっと優しくてぬるくてふわふわしていて温かい。
だけど部屋に満ちてゆくにおいの中に彼を見つけて、それだけでわたしはどうしようもなく嬉しくなるんだ。
手首にひと吹きして出かけるだけで、世界が味方についたような気がするんだ。
最高に安全な自慰行為。
今日からはこのにおいに包まれて生きるんだと思ったら、なんだか世界の果ての小さな光を手に入れたヒロインみたいな気分になった。