ただ、たださみしいだけだってわかってるのに。
だれかのしあわせそうな姿を見ると、しあわせそうな話を聞くと、いつだってわたしは、ひょろりと細長いわたしのものだったあのおとこのこのことを思い出さずにはいられない。
あの髪の毛のくせ、子犬みたな瞳、完璧な形をした唇、細い首に目立つ喉仏、白いうなじ、細くて長い指のついた大きな手、薄っぺらい身体、すらりと伸びた腕と脚。
思い返すほどに美しくなるあのおとこのこを、どこか遠く暗いところに閉じ込めておきたくなる。今でも。
完璧に愛し合っている恋人同士なんて実は本当に少なくて、みんなどこかで妥協したり赦したりして上手に立ち回っているのに、わたしは潔癖なほどにそれができなかった。
たったひとつの黒い点がすべてを蝕んでゆくのを、ただ呆然と感じることしかできなかった。
そうして、あのひとのわたしを愛しむあの微笑みや、わたしの頬を撫ぜる指の感触は、いつしか懐かしむだけのものになってゆく。
いま、すべてを手繰り寄せて過去にもどることだってできるけれど、それは同時に永遠を意味するのだろう。
そんな約束は、わたしにはできない。
だってわたしは、いつだって自由でいたいから。
なんにも縛られずに、気まぐれな猫みたいに、世界を眺めていたいから。
好きなだけじゃどうにもならないことがあるなんて、神様はなんていじわるなの。
だけどこうして切なさにぎゅっとなってるわたしは、たださみしいだけのおんなのこなんだということを、きっとわすれてはいけない。